「準大気圧光電子分光における帯電の評価」
光電子分光は強力な分析手法ですが、絶縁体試料では帯電の影響によりスペクトルがシフトしたり歪んでしまったりしてしまいます。
特に非対称なピークやブロードなピークが観測された場合、それらが試料に本質的なものか、あるいは帯電の影響によるものか判断が難しい場合があります。
我々は準大気圧光電子分光において、ガスのスペクトルの測定から帯電の有無や程度を評価することを提案しました。
試料が帯電すると下図のように試料の近傍に電場が形成され、ガス分子から放出される光電子も電場によって減速されます。
この現象を利用することによってガスの光電子スペクトルから試料の帯電の程度を評価することができます。
→表面と真空 67, 106 (2024).
→J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 267, 147385 (2023).
→Appl. Surf. Sci. 637, 157891 (2023).
→Heliyon 9, e15794 (2023).
→J. Vac.Sci. Techonol. B 41, 044204 (2023).
→X線分析の進歩 54, 75 (2023).

帯電によって試料近傍に形成される電場の模式図。
「サーフェスマイクロ/ナノバブルの形状」
固体に付着したバブルをサーフェスバブルといいます。サーフェスマイクロバブル、サーフェスナノバブルは、原子間力顕微鏡観察などから非常に扁平な形状を持つとされていました。
このため、これらは別名マイクロパンケーキ、ナノパンケーキとも称されています。
しかし我々のSEM観察では、全てのバブルからほぼ半球状の形状が観測されました。
半球状の形状では表面張力の効果による内圧が増加し、パンケーキ形状に比べてバブルの生存に不利と考えられますが、半球状のバブルが消滅することはありませんでした。
このようにバブルが長寿命を持つメカニズムはまだ良くわかっていません。
→e-J. Surf. Sci. Nanotechnol. 20, 248-251 (2022).
→J. Appl. Phys. 130, 025302-1-8 (2021).

いろいろな大きさのサーフェスナノ/マイクロバブルのSEM像。
「準大気圧光電子分光における環境帯電補償効果」
光電子分光は強力な分析手法ですが、帯電してしまう絶縁体を分析することはできません。
一般に準大気圧光電子分光ではガス中の光電子の散乱を抑制するために試料と検出器のアパーチャーコーンの距離(下図のd)を小さくします。
しかし我々は、dを大きくすることで環境帯電補償効果が顕著になり絶縁体試料を低いガス圧で帯電なしで測定できることを明らかにしました。
ガス圧を下げられることからdを大きくしたにも関わらず、dが小さいときよりもむしろ大きな光電子強度が得ることができます(帯電補償測定時)。
また、真空ポンプの負荷も大幅に低減することができます。
このようなd依存性が発生するメカニズムについても提案を行っています。
→J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 257, 147192 (2022).

(左)準大気圧光電子分光装置の模式図。(右)LiNbO3ウェハとスライドガラス試料の帯電解消に必要な圧力とdの関係。
「マイクロバブル・ナノバブルのSEM中その場生成」
水中の微細な泡(マイクロバブル・ナノバブル)はその優れた洗浄力などが注目され、最近ではシャワーや洗濯機などにも利用されるようになっています。
しかし水中に存在する微細な泡の分析は一般に困難であるため、「これらの泡がどうして水に溶けずに存在し続けるのか?」など基本的な事柄も良くわかっていません。
我々はSEM(走査電子顕微鏡)内の電子照射によりマイクロバブル・ナノバブルを生成し、その生成過程や断面形状のその場観察に成功しました。

サーフェスマイクロバブル生成過程のSEM像
「準大気圧硬X線光電子分光の産業応用研究」
マツダ株式会社技術研究所との共同研究によりSPring-8の兵庫県ビームラインBL24XUに準大気圧硬X線光電子分光装置が導入されています。
一般に光電子分光測定は装置上の制約から高真空下で行う必要があります。しかし本装置では〜5000 Paのガス圧下での測定が可能であり、
排ガス浄化触媒など様々な産業材料の化学状態の変化を実際の使用環境下に近い状態で分析することができます。
また帯電効果により光電子分光測定が困難な絶縁性材料の分析法の研究も進めています。

エポキシ接着剤のC 1s光電子スペクトル。単層グラフェンの担持により帯電が解消され測定が可能となりました。
「二次元材料の電子状態の研究」
グラフェンなどの二次元材料が注目を集めていますが、原子1個の厚さしかないこれらの材料の電子状態の分析は必ずしも容易ではありません。
特にX線発光効率の低い軽元素から成る二次元材料のX線発光分光の測定は困難です。我々はNewSUBARUのロングアンジュレータービームラインBL09Aの
特性をフルに活用し、1原子層の六方晶窒化ホウ素 (h-BN)のホウ素-K、および窒素-K発光スペクトルの放出角依存性の観測に初めて成功しました。

Ni上1原子層h-BNの(a)ホウ素-K、および(b)窒素-K発光スペクトルとその角度依存性。ホウ素-Kスペクトルにはh-BN合成時にNiに溶け込んだ
僅かのホウ素のスペクトルも反映されています。
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